東京地方裁判所 昭和35年(行)2号 判決 1966年2月28日
原告 中野四郎
被告 関東信越国税局長・国
訴訟代理人 横山茂晴 外七名
主文
1、被告関東信越国税局長が被告に対し昭和三四年一二月一七日付でした審査請求棄却決定は、新潟税務署長が同年六月一八日付配当処分において訴外株式会社吉田商店の滞納国税に対し金一、一六一、〇三二円を配当したうち金七八三、七六五円を越える部分を認容した限度において、これを取り消す。
2、被告国は原告に対し金三七七、二六七円およびこれに対する昭和三四年六月一九日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3、原告のその余の請求を棄却する。
4、訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その一を被告らの各負担とする。
事実
(当事者双方の申立て)
一、原告の申立て
1、被告関東信越国税局長が原告に対し昭和三四年一二月一七日付でした審査請求棄却決定を取り消す。
2、被告国は原告に対し金一、一六一、〇三二円およびこれに対する昭和三四年六月一九日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3、訴訟費用は被告らの負担とする。
二、被告らの申立て
1、原告の請求をいずれも棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
(当事者双方の主張)
第一、原告の主張
一 新潟税務署長は、昭和三四年六月一八日、訴外吉田屋布団店株式会社(以下、吉田屋布団店という。)の法人税滞納分金九七、二二九円ならびに訴外株式会社吉田商店(以下、吉田商店という。)の源泉所得税および法人税の滞納分金一、一六一、〇三二円(その内訳および法定納期限は別表三(一)「公売時」欄記載のとおりである。)に対する滞納処分として吉田屋布団店所有の別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という。)につき公売処分を行ない、別表一記載の配当表による配当処分(以下、本件配当処分という。)を実施した。
右配当処分当時本件建物につき抵当権(その内容は後述する。)を有していた原告は本件配当処分を不服として新潟税務署長に対して再調査の請求をしたところ、同税務署長はこれを審査の請求として取り扱うことを適当と認め、原告がこれに同意したので、右再調査の請求は被告関東信越国税局長に対する審査の請求とみなされるに至つたが、同被告は昭和三四年一二月一七日右審査の請求を棄却する旨の決定(以下、本件審査決定という。)をし、右決定は同月二二日原告に通知された。
二、しかし、本件配当処分は次のような理由により違法であるから、これを認容した本件審査決定もまた違法であり、取消しを免れない。
(一) 本件配当処分のうち吉田商店の滞納国税分として被告国に金一、一六一、〇三二円を配当した部分は、吉田屋布団店が昭和三〇年一一月一四日新潟税務署長との間に吉田商店の滞納国税につき納税保証(以下、本件納税保証という。)をしたことを前提とするものであるが、右納税保証は左の理由により無効であるから、本件配当処分はその前提を欠き違法である。
(1) 本件納税保証は吉田屋布団店の会社の目的の範囲外の行為であるから無効である。すなわち、吉田屋布団店は衣料品、家庭日用品類の販売およびその附帯業務を目的として昭和二八年六月二六日に設立された会社であり、右保証当時すでに多額の債務があつてその弁済ができないような状態であつたから、資本金の一〇倍以上にも及ぶ吉田商店の滞納国税の支払保証をすることは吉田屋布団店の会社の目的とはまつたく無関係なことといわなければならない。(なお、吉田商店ならびに吉田屋布団店の役員、株主の人的構成等が別表四記載のとおりであることは認める。)
(2)、本件納税保証は吉田屋布団店が資本金の一〇倍余に及ぶ吉田商店の滞納国税の支払保証をするものであつて会社の営業の譲渡と同視すべき場合であるから、商法第二四五条の規定により株主総会の特別決議を要すると解すべきところ、吉田屋布団店は本件納税保証をなすにつき株主総会の特別決議を経ていないから、右納税保証はこの点において無効である。
(3)、また、昭和三四年政令第三二九号による改正前の旧国税徴収法施行規則(明治三五年勅令第一三五号)第一一条の三第七号は、納税保証の要件として「税務署長が確実と認める保証人の保証」であることを要する旨規定しているが、これは単に税務署長の主観的な意見によるのみでなく客観的にも保証人の保証能力が確実であることを要求しているものと解すべきである。しかして、吉田屋布団店のように納税保証によつて会社の唯一の財産を差押公売され、その結果一般債権者が債権回収の途を失なうこととなる場合には、その保証能力が客観的に確実であるとは到底いえない。したがつて、本件納税保証は結局において旧国税徴収法施行規則第一一条の三第七号の要件を欠くことになり無効である。
(二) かりに本件納税保証が無効でないとしても、本件配当処分は次に述べるとおり原告の優先弁済を受くべき権利を無視してなされたものであり違法である。すなわち、本件配当処分実施当時本件建物には後記のような各根抵当権および抵当権があつた。そして、右各根抵当権および抵当権はいずれも本件納税保証のなされた昭和三〇年一一月一四日より以前に設定され、かつ、設定登記手続を了している。したがつて、右各根抵当権および抵当権の被担保債権が本件納税保証によつてその優先弁済権を侵害されることはあり得ないから、結局本件建物の公売代金は別表二記載のとおり配当されるべきだつたのである。しかるに、新潟税務署長は右各根抵当権および抵当権の被担保債権が有する優先弁済権を無視し、別表一記載のように本件配当処分を実施したのである。
(1) 昭和三〇年七月二二日設定登記の根抵当権
(イ) 訴外東光商事株式会社(以下、東光商事という。)は、昭和三〇年七月二一日吉田屋布団店との間にその所有にかかる本件建物に元本極度額金五〇万円、遅延損害金年三割六分の定めで根抵当権設定契約を締結し、翌二二日その登記手続を了し(以下、本件第一根抵当権という。)、これに基づき同月二三日吉田屋布団店に対し遅延損害金日歩三〇銭の約定で金三五万円を貸し付け、その後一部弁済を受けて昭和三一年三月三一日当時右貸金の元本残額金三二四、四五二円四五銭、利息残額金八五、〇四七円五五銭、遅延損害金一四七、一五二円合計金五五六、六五二円の債権を有していた。原告は、右同日東光商事から右根抵当権および債権金五五六、六五二円を譲り受け、同年八月二九日右根抵当権の移転登記手続を了した。
(ロ) ところで、本件第一根抵当権は、その設定契約によれば、根抵当権設定者たる吉田屋布団店が根抵当権者たる東光商事に対して負担する約束手形金、借用金その他一切の債務を担保するものと定めて設定されたものであるが、このように根抵当権が根抵当権設定者の根抵当権者に対する一切の債務を担保するものと定められている場合には、根抵当権の譲渡によつて根抵当権者が交代したときは根抵当権設定者が根抵当権譲受人に対して負担する一切の債務もまた当該根抵当権によつて担保されるのである。
原告は、昭和三〇年七月上旬ころから吉田屋布団店に対し約束手形により融資を行ない、同月中に同社に対し約束手形金債権金六、三五九、四二六円を取得し、右債権の存在はその後同年一二月一九日新潟簡易裁判所において原告と吉田屋布団店ほか三名の間に成立した和解(同裁判所昭和三〇年(イ)第四八号約束手形金等事件)によつて確認されている。
したがつて、本件第一根抵当権はその元本極度額金五〇万円およびこれに対する年三割六分の割合による最後の二年分の遅延損害金三六万円の範囲内で原告の東光商事からの前記譲受債権金五五六、六五二円および右約束手形金債権金六、三五九、四二六円ならびにその利息、遅延損害金を担保するのである。なお、本件第一根抵当権は、右に述べたように、その性質上当然に原告の吉田屋布団店に対する約束手形金債権金六、三五九、四二六円を担保するのであるが、原告は、東光商事から右根抵当権を譲り受けるに当つては特に吉田屋布団店から右根抵当権が右約束手形金債権を担保するものであることについてその承諾を得ている。よつて、原告は、本件第一根抵当権に基づき、元本金五〇万円と遅延損害金三六万円の合計金八六万円について優先弁済権を有するのである。
かりに、本件第一根抵当権が原告の吉田屋布団店に対する約束手形金債権金六、三五九、四二六円を担保しないとしても、根抵当権は元本債権が元本極度額に満たないときには利息および損害金を最後の二年分に限ることなく極度額に達するまで担保するのであるから、原告は東光商事からの譲受債権に基づき金八六万円の優先弁済権を有するのである。
(2) 昭和三〇年九月三〇日設定登記の根抵当権
(イ) 訴外五十嵐忠司は、昭和三〇年一〇月二日訴外山田薫から同人の吉田屋布団店に対する左記根抵当権(以下、本件第二根抵当権という。)およびその被担保債権金九四万円を譲り受け、同月四日根抵当権移転登記を経由した。
根抵当権
原因 昭和三〇年九月二九日締結の約束手形および随時借用金についての根抵当権設定契約
設定登記日時 昭和三〇年九月三〇日
元本極度額 金三〇〇万円
特約 不履行の場合は期限の利益を失ない、年三割の遅延損害金を支払う。
被担保債権 金九四万円
ただし、山田が右根抵当権設定契約に基づいて左のとおり貸し付けたものである。
(貸付年月日) (金額) (返済期限)
昭和三〇年九月二四日 金五二万円 昭和三〇年九月二五日から昭和三一年二月一日まで日賦金四、〇〇〇円
昭和三〇年九月三〇日 金四二万円 昭和三〇年一〇月一日から昭和三一年四月一八日まで日賦金二、一〇〇円
(ロ) その後、五十嵐は右根抵当権設定契約に基づいて吉田屋布団店に対し左のとおり合計金二二四万円を貸し付けた。
(貸付年月日) (金額) (返済期限)
昭和三〇年一〇月一〇日 金六三万円 昭和三〇年一〇月一一日から昭和三一年四月二八日まで日賦金三、一五〇円
昭和三〇年一〇月一八日 金六三万円 昭和三〇年一〇月一九日から昭和三一年五月一四日まで日賦金三、一五〇円
昭和三〇年一〇月三〇日 金九八万円 昭和三〇年一〇月三一日から昭和三一年五月一八日まで日賦金四、九〇〇円
(ハ) 右(イ)、(ロ)の貸金債権合計金三一八万円の遅延損害金のうち、昭和三三年四月末日までの遅延損害金は吉田屋布団店から五十嵐に対し任意弁済されたが、さらに昭和三五年五月一三日五十嵐から吉田直司らに対する新潟地方裁判所昭和三二年(ケ)第二〇号抵当権実行申立事件の配当実施により左記遅延損害金の弁済がなされた。
金三一八、〇〇〇円 ただし、昭和三〇年九月二四日貸付金五二万円に対する昭和三三年五月一日から昭和三五年五月一二日に至るまでの年三割の割合による遅延損害金
金八一、二一七円 ただし、昭和三〇年九月三〇日貸付金四二万円に対する昭和三三年五月一日から昭和三五年五月一三日に至るまでの年三割の割合による遅延損害金
(ニ) 原告は、昭和三四年四月二一日五十嵐から本件第二根抵当権および右各債権を譲り受けた。したがつて、本件配当処分実施当時原告が本件第二根抵当権に基づき優先弁済を受くべき債権額は元本金三〇〇万円および前記(ロ)記載の各貸金債権に対する昭和三三年五月一日から昭和三四年六月一七日に至るまでの年三割の割合による遅延損害金の合計額である。
(ホ) 被告らは本件第二根抵当権およびその被担保債権はいずれも存在しないと主張するが、その真実に存在することは新潟地方裁判所昭和三二年(ケ)第二〇号抵当権実行申立事件の配当期日において配当表に対し吉田屋布団店から何ら異議の申立てがなかつたこと、吉田屋布団店は被告ら主張のように一たん五十嵐に対して債務不存在確認、抵当権設定登記抹消登記手続請求の訴えを提起したものの、その後債務を承認して右訴えを取り下げたことによつて明らかである。なお、被告ら主張事実のうち、山田が他からの借入金によつて金融業を営んでいたところ昭和二九年七月ころ事業に失敗したので同人の債権者たちが山田会再建整理委員会を組織し同人の債権債務を引き受けて整理することとなつたこと、右委員会は発足後吉田商店に対し数回貸付けを行ない、吉田兼太郎らの個人財産に被告ら主張のような根抵当権を設定したこと、右貸付金の利息が増加し極度額を超過するに至つたのでこれを保全するためと新たに吉田屋布団店に貸し付けるとの約定のもとに本件建物に山田を抵当権者とする元本極度額金三〇〇万円の本件第二根抵当権を設定したことはいずれも認める。
(3) 昭和三〇年一〇月三日設定登記の根抵当権
(イ) 訴外協和信用株式会社(以下、協和信用という。)は、昭和三〇年一〇月一日吉田屋布団店との間にその所有にかかる本件建物に元本極度額金二〇〇万円、遅延損害金年三割の定めで根抵当権設定契約を締結し、同月三日その登記手続を了し(以下、本件第三根抵当権という。)、これに基づき遅延損害金年三割の約定で金二〇〇万円を貸し付けた。
(ロ) 原告は昭和三九年一月一八日協和信用から本件第三根抵当権およびその被担保債権たる右貸金債権金二〇〇万円とこれに対する昭和三四年一二月二三日までの遅延損害金三、一三一、一一七円を譲り受け、昭和三九年四月二七日その旨を吉田屋布団店に通知した。したがつて、原告が本件第三根抵当権に基づき優先弁済を受くべき債権額は元本金二〇〇万円とこれに対する年三割の割合による最後の二年分の遅延損害金である。
(4) 昭和三一年二月八日設定登記の抵当権
(イ) 協和信用は、昭和三〇年一二月三一日吉田屋布団店に対し金一八〇万円を遅延損害金日歩八銭二厘の定めで貸し付けるとともに、これを担保するため本件建物に対する抵当権設定契約を締結し、昭和三一年二月八日その設定登記を了した。
(ロ) 原告は、昭和三九年一月一八日協和信用から右抵当権およびその被担保債権たる右貸金債権金一八〇万円とこれに対する昭和三四年一二月二三日までの遅延損害金二、一三四、二九六円を譲り受け、昭和三九年四月二七日その旨を吉田屋布団店に通知した。したがつて、原告が右抵当権によつて優先弁済を受くべき債権額は元本金一八〇万円およびこれに対する日歩八銭二厘の割合による最後の二年分の遅延損害金の合計額である。
三、前項(二)冒頭において述べたように本件建物の公売代金二、〇八七、〇〇〇円は別表二記載のように配当されるべきであつたのであるが、新潟税務署長はこれを別表一記載のように配当したので、被告国はこれにより吉田商店の滞納国税分として金一、一六一、〇三二円の配当を受けた。しかし、本件配当処分は前項で述べたように違法であり取消しを免れないのであるから、被告国は右金一、一六一、〇三二円を法律上の原因なく利得したことになり、原告はそれにより同額の損失を受けている。よつて、原告は被告国に対し右金一、一六一、〇三二円およびこれに対する本件配当処分実施の日の翌日である昭和三四年六月一九日から右支払いずみまで年五分の割合による利息の支払いを求める。
第二、被告らの答弁および主張
一、原告の主張第一項記載の事実は認める。
二、原告の主張第二項(一)の本件納税保証が無効である旨の主張は争う。本件納税保証には原告主張のようなかしはなく適法有効である。
(一) 本件納税保証がなされるに至つた経緯およびその結末は次のとおりである。
(1) 吉田商店ならびに吉田屋布団店は、それぞれ別表三(一)、(二)記載のとおり法人税等の国税を滞納していたが、新潟税務署長は、これらの滞納国税を徴収するため昭和二八年から昭和三〇年にわたり両会社の動産を差し押え、昭和三〇年一一月一四日滞納処分の執行におもむいたところ、吉田商店の取締役と吉田屋布団店の代表取締役を兼ねている訴外吉田直司は新潟税務署長に対し滞納処分の執行停止を歎願するとともに今後の納付計画について申出でをしたので種々協議の結果、吉田屋布団店、訴外吉田兼太郎および吉田直司が吉田商店の納税保証人になることを承諾し、かつ保証書を提出したので、新潟税務署長は吉田商店および吉田屋布団店の同日付徴収猶予の申請に対して次のとおり許可した。
(イ) 吉田商店につき徴収を猶予する税額は別表三(一)記載のとおりとし、猶予期間は昭和三〇年一一月一四日から昭和三一年三月二五日までとする。(昭和三〇年一二月六日右猶予期間は昭和三一年七月二五日までに変更された。)
(ロ) 吉田屋布団店につき徴収を猶予する税額は別表三(二)記載のとおりとし、猶予期間は昭和三〇年一一月一四日から同年一二月五日までとする。
(2) しかるに、吉田商店は徴収猶予に基づく分納金額の履行をしなかつたので、新潟税務署長は昭和三一年四月九日右徴収猶予を取り消し、保証人である吉田屋布団店に対し納付通知書を送付し、保証債務の履行期日を同月一〇日と指定したが、同社は右期日までに右債務を履行しなかつた。
(3) そこで、新潟税務署長は、昭和三一年四月一三日吉田屋布団店所有の本件建物を差し押えその差押登記をなし、昭和三四年六月一七日これを金二、〇八七、〇〇〇円で公売し、同月一八日右売得金を別表一記載のとおり配当した。
(二) 本件納税保証は吉田屋布団店の目的の範囲内の行為である。すなわち、一般に会社は定款において定められた目的の範囲に包含される事項およびその目的である事業を遂行するのに必要な事項について権利能力を有するのであるが、その定款所定の目的というのは客観的かつ抽象的に解すべきであるところ、吉田屋布団店の定款所定の目的は衣料品ならびに家庭日用品類の販売およびこれに附帯する一切の事業であり、他方吉田商店の定款所定の目的は家庭用雑品の製造販売およびこれに附帯する一切の事業であつて、両会社は事業目的自体において関連するのみならず、同系の会社(両者の役員、株主の構成は別表四記載のとおりであり、同族関係者で構成されている。)であつて、経済的には委託会社と受託会社という極めて密接な関係にあるから、一方の滞納処分による差押えは他方の取引に重大な影響を及ぼすのであり、したがつて、吉田屋布団店が吉田商店のため納税保証をしたことは吉田屋布団店の事業を遂行するに必要な事項であつたことは明らかである。要するに、本件納税保証は吉田屋布団店の目的の範囲内の行為であつて有効であるといわなければならない。
(三) 本件納税保証について吉田屋布団店の株主総会の特別決議がなかつたことは認めるが、特別決議を要するとの主張は争う。すなわち、商法第二四五条は株主保護のため設けられた特別の規定であつて、これを拡張して解釈することは取引の安全を害する結果となることはいうまでもない。本件納税保証は「営業の全部または重要なる一部の譲渡」その他同条第一項各号のいかなる場合にも該当しないから、特別決議を要するものではなく、無効とされるいわれはない。
(四) 本件納税保証は昭和三四年法律第一四七号による改正前の旧国税徴収法(明治三〇年法律第二一号)第七条の二第一項、同法施行規則第一一条の三第七号の規定にのつとり保証人たる吉田屋布団店が新潟税務署長に保証書を提出することによつて徴収猶予のためになされたものであるが、一般に納税保証が確実な保証人によつてなされなければならないことは原告主張のとおりである。しかし、確実な保証人であるかどうかは税務署長の認定に属せしめられており、したがつて、いかなる保証人にせよ税務署長が確実な保証人と認めないかぎりはこれによつて徴収猶予は認められない反面、いやしくも税務署長においてこれを「確実な保証人」と認めて保証書を受領すれば、これによつて納税保証契約が成立するというべきである。したがつて、本件においても新潟税務署長が吉田屋布団店を「確実な保証人」と認めてその保証書を受領した以上、本件納税保証は有効に成立したものというべく、同社が客観的に「確実な保証人」でないことを理由として右保証が無効であるとする原告の主張は理由がない。
三、原告の主張第二項(二)の事実のうち、(1)の(イ)の事実を認め、(ロ)のうち原告が東光商事から本件第一根抵当権を譲り受けるに際し吉田屋布団店から右根抵当権が原告固有の約束手形金債権を担保するものであることについて承諾を得たことは否認し、右根抵当権に基づき原告が優先弁済を受くべき債権額が元本極度額金五〇万円とこれに対する年三割六分の割合による最後の二年分の遅延損害金三六万円の合計金八六万円であるとの主張は争う。(2)の事実については、五十嵐が昭和三五年五月一三日新潟地方裁判所において金三九九、二一七円の配当を受けたこと、昭和三四年四月二一日五十嵐から原告に対して本件第二根抵当権およびその被担保債権の譲渡行為があつたことは認め、その余を否認する。(3)、(4)の各(イ)記載の事実は認め、各(ロ)記載の事実は知らない。
(一) 本件納税保証によつて保証された吉田商店の滞納国税は原告主張の各根抵当権および抵当権に優先する。すなわち、本件納税保証は前述のとおり旧国税徴収法第七条の二第一項同法施行規則第一一条の三第七号にのつとりなされたものであるが、その法律上の性質は公法上の保証契約であり、その納税保証人も旧国税徴収法第三条の納税人にほかならないから、優先弁済権を主張する抵当権者はその設定が国税の納期限より一年前にあることを公正証書をもつて証明しなければならない。しかるに、本件においては右証明がないのみならず、原告の主張する各根抵当権および抵当権の設定の日は昭和三〇年七月二二日、同年九月三〇日、同年一〇月三日および昭和三一年二月八日であつて、いずれも本件納税保証の納期限(保証債務の履行期である昭和三一年四月一〇日)より一年前に設定されたものではないから、原告主張の各根抵当権および抵当権の被担保債権がいずれも本件納税保証による保証債権に優先し得ないことは明らかである。
(二) かりに原告主張の各根抵当権および抵当権の被担保債権が本件納税保証に基づく保証債権に優先するとしても、原告がその主張にかかる各根抵当権および抵当権に基づき優先弁済を受けることができる債権額は次に述べるとおり金一八〇、六五三円九六銭のみである。
(1) 本件第一根抵当権について
いうまでもなく、根抵当権はその基礎に存する基本契約に基づく継続的取引関係から生ずる債務のみを担保するものであつて、同一当事者間の債務であつてもそれ以外の債務を担保するものではない。本件において原告が東光商事から譲り受けた本件第一根抵当権は昭和三〇年七月二一日付の東光商事と吉田屋布団店間の約束手形および借用金契約に基づき成立する債権を担保するため設定されたものである。したがつて、右根抵当権譲渡の際その基礎に存する前記契約関係もともに譲渡されたものとしても(基本契約関係が譲渡されていなければ確定債権と普通抵当権の譲渡となる。しこうして、原告は吉田屋布団店とは直接の取引関係はなく、右譲渡後も吉田屋布団店に対し新たに貸付けをしていない点よりみても、基本契約関係が譲渡されたものとは認められないのであるが、それはしばらくおく)、原告がそれ以前から吉田屋布団店に対して有すると称する債権は、前記基本契約に基づいて成立した債権ではないから、本件第一根抵当権の被担保債権には含まれないといわなければならない。
そうとすれば、原告が本件第一根抵当権に基づき優先弁済を受くべき限度は、元本金三二四、四五二円四五銭およびこれに対する約定利率年三割六分の割合による最後の二年分の遅延損害金二三三、六〇五円五一銭の合計金五五八、〇五七円九六銭であるところ、すでに昭和三四年六月一八日新潟税務署長から本件配当処分により別表一記載のとおり金三七七、四〇四円の配当を受けているので、原告が優先弁済を受けられる債権額は右金五五八、〇五七円九六銭から金三七七、四〇四円を差し引いた残額金一八〇、六五三円九六銭のみである。
(2) 本件第二根抵当権について
(イ) 山田薫は、昭和二六年六月以降他からの借入金により金融業を営んでいたが、昭和二九年七月ころ事業に失敗したので、同人の債権者たちが山田会再建整理委員会(代表者五十嵐、専務理事山田)を組織し、山田の債権債務を引き受けて整理することとなつたが、当時の山田の吉田商店に対する貸金債権は金一六五、〇〇〇円であつた。
(ロ) 山田会再建整理委員会はその発足後吉田商店に対して金銭を数回貸し付け、吉田兼太郎らの個人財産に極度額金一五〇万円の根抵当権を設定したが、右貸付金に対する利息が増加し、極度額を超過するに至つたので、その債権を保全するためと新たに吉田屋布団店に貸し付けるという約定のもとに本件建物に山田を根抵当権者として元本極度額を金三〇〇万円とする本件第二根抵当権を設定したのである。しかし、山田会両建整理委員会には当時貸付可能の資金はまつたくなく、また貸付けの意思もなかつたのであるから、五十嵐が山田から譲り受け原告に譲渡したという右根抵当権は被担保債権のないものとして無効であるといわなければならない。なお、原告は五十嵐が右根抵当権譲受後根抵当権設定による与信契約に基づき吉田屋布団店に対し合計金二二四万円を貸し付けたと主張するが、そのような事実はない。もつとも、原告が山田または五十嵐において吉田屋布団店に貸し付けたと主張する金額につき吉田屋布団店名義の借用証五通が存在するけれども、右はいずれも借主が吉田商店となつていたものを訴外丸山喜義がその欄外に押捺してあつた訂正印(捨印)を冒用して勝手に借主名義を吉田屋布団店と書き換えて偽造したものである。そして、吉田屋布団店も、昭和三一年二月一六日五十嵐を被告として債務不存在確認、根抵当権設定登記抹消登記手続請求の訴訟を新潟地方裁判所に提起したのであるが、吉田屋布団店は五十嵐および丸山喜義から新たに貸付けを受けることになつて同年七月二八日右訴えを取り下げた。
(3) 原告が協和信用から譲り受けた本件第三根抵当権および抵当権について
原告がその主張のように協和信用から根抵当権、抵当権およびその被担保債権を譲り受けたかどうかは知らないが、かりに右譲渡があつたとしても、原告が右譲渡を受けたと称するのは本件配当処分実施後のことであつて、協和信用に対する配当の要否は本件審査決定の対象となつていなかつた。
四、原告の主張第三項記載の主張は争う。
(証拠省略)
理由
一、吉田屋布団店が昭和三〇年一一月一四日吉田商店の滞納国税の徴収猶予を求めるため新潟税務署長と本件納税保証契約をしたこと、同税務署長が右納税保証に基づき吉田屋布団店所有の本件建物を公売し、その公売代金につき昭和三四年六月一八日別表一記載のとおり本件配当処分を実施したこと、原告が右配当処分を不服として新潟税務署長に再調査の請求をしたところ、その再調査の請求は審査の請求とみなされ、被告関東信越国税局長の審査を受けることとなつたが、同被告は昭和三四年一二月一七日付で右審査請求を棄却する旨の本件審査決定をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
二、原告は本件納税保証は無効であると主張するので、この点について順次判断する。
(一) 本件納税保証は吉田屋布団店の会社の目的の範囲外の行為であるとの主張について。
一般に法人は定款または寄附行為に定められた目的の範囲内において権利能力ならびに行為能力を有するのであるが、そこにいう目的の範囲内の行為とは定款または寄附行為に目的として記載された個々の行為に限るのではなく、その目的を達成するのに相当と認められるすべての行為を包含し、しかも相当であるかどうかは客観的、抽象的に観察して判断すべきものと解されるところ、吉田屋布団店のような商事会社(吉田屋布団店が衣料品ならびに家庭日用品類の販売およびこれに附帯する一切の事業を目的とする株式会社であることは当事者間に争いがない。)が他人の滞納租税について徴収猶予を求めるため納税保証をすることは、客観的、抽象的には会社の事業目的を遂行するために相当な行為であるというべきであるから、会社の目的の範囲内の行為であると解するのを相当とする。したがつて、吉田屋布団店が吉田商店の滞納国税につきなした本件納税保証は、その余の点について判断するまでもなく、吉田屋布団店の会社の目的の範囲内の行為に属することが明らかである。よつて、この点に関する原告の主張は失当である。
(二) 本件納税保証は吉田屋布団店の営業の譲渡に当るとの主張について。
商法第二四五条により株主総会の特別決議を必要とされる営業の譲渡とは、一定の営業活動のために組織化された有機的財産をそのようなものとして一体として移転することを意味し、営業を構成する各個の財産の譲渡はたとえその財産が当該営業にとつていかに重要なものであろうとも営業の譲渡ということはできない。原告は本件納税保証は吉田屋布団店の資本金の一〇倍以上に及ぶ吉田商店の滞納国税の支払保証をするものであるから営業譲渡と同視すべきであると主張するが、本件納税保証はその金額が資本金に比しいかに高額であるとはいえ単なる保証債務負担行為にすぎないから営業の譲渡ということのできないことは前述したところによつて明らかであり、また本件納税保証を営業の譲渡と同視し株主総会の特別決議を経なければ無効であると解さなければならない理由もない。したがつて、原告の右主張は理由がない。
(三) 本件納税保証は旧国税徴収法施行規則第一一条の三第七号に違反し無効であるとの主張について。
旧国税徴収法施行規則第一一条の三第七号が国税の徴収猶予に際して徴すべき担保の種類の一として「税務署長ニ於テ確実ト認ムル保証人ノ保証」を掲げていることは原告主張のとおりである。しかし、右規定はもつぱら国税の徴収確保という見地から設けられたものであるから、保証人の保証を担保として徴するには税務署長がその保証人の保証能力を調査し徴収を猶予する国税の担保として確実であると認めた場合でなければこれを担保として徴してはならないとするにとどまるものと解すべく、それ以上に、税務署長が確実と認めて徴した保証人の保証能力が客観的には確実でなかつた場合には当該保証契約は当然に無効であるとする趣旨と解することはできない。
そうであるとすれば、原告の右主張もこの点においてすでに失当である。
三、次に、被告らは原告主張の各根抵当権および抵当権はいずれも本件納税保証の納期限たる昭和三一年四月一〇日から一年前に設定されたことについて公正証書による証明がないから右納税保証にかかる国税債権に優先して弁済を受け得ないと主張するので、この点について判断する。
旧国税徴収法第三条は、国税債権と質権または抵当権の被担保債権の優劣について、「納税人ノ財産上ニ質権又ハ抵当権ヲ有スル者其ノ質権又ハ抵当権ノ設定カ国税ノ納期限ヨリ一箇年前ニ在ルコトヲ公正証書ヲ以テ証明シタルトキハ該物件ノ価額ヲ限トシ其ノ債権ニ対シテ国税ヲ先取セサルモノトス」と規定し、国税債権は質権または抵当権が国税の納期限より一年前に設定されたことが公正証書によつて証明されないかぎりその被担保債権に優先することを定めている(国税債権が一般債権に優先することは同法第二条が規定している)
ところで、このように抵当権の被担保債権に対しても優先権を認められる国税債権の中に、本来の納税義務者に対する国税債権のほかに納税保証人に対する保証債権も含まれるかについては、旧国税徴収法の規定の文言上からは、この点いずれとも明らかでない。かりに納税保証人に対する保証債権も旧国税徴収法第三条に規定する国税債権としてその納期限から一年間に設定されたことを公正証書によつて証明しない質権または抵当権の被担保債権に優先しうるものとすると、抵当権設定時はもちろんその後も抵当権設定者自身には国税の滞納がないため本来ならば優先弁済権を有するはずの抵当権の被担保債権が、抵当権設定者でたまたま抵当権設定後にその任意の意思に基づき抵当権設定時から一年内に納期限が到来するような納税保証をした場合には、その保証債権により優先弁済権を否定されるような結果となる。抵当権者が抵当金融をなすに当つては抵当権設定者の事業、資産、信用、優先債権の有無とその種類、内容等を可能な限り調査したうえで金融の可否を決するのが常態ではあろうが、しかし、かかる調査を尽しても抵当権設定者が将来他人の滞納国税のために納税保証をするかどうか、またその保証金額がどれほどになるかというような点についてまで抵当権者がこれを予測することはほとんど不可能である。したがつて、抵当権設定者が抵当権設定後になした納税保証によつて成立した保証債権に、前記仮定のごとく単にその納期限が抵当権設定時から一年内に到来するという理由だけで優先権を与えることにすると、抵当権者は、予測不可能な損害を受ける結果になる。一般に、抵当権は、不動産保存の先取特権、不動産工事の先取特権等若干の例外はあるが、原則として他の抵当権その他の担保物権との優劣は登記の前後によるものとして優先弁済権を保障されており、旧国税徴収法第三条の定める質権、抵当権に対する前示のような国税優先の制度はかかる抵当権公示の原則に対する極めて例外的な制度の一つとして認められるものである。もちろん、旧国税徴収法第三条がそのような国税優先の制度を規定したのは、国の財政的基盤をなす国税の徴収確保という公共的な要請に基づくものであることはいうまでもないが、しかし、国税の公共性ということをいかに強調するにしても、公示の原則によつて保護された抵当金融制度における取引の安全を根底から破壊するおそれがある場合にまで国税に優先権を与えねばならないとするまでの合理性を見出だすことはできない。
以上のとおりであるから、納税保証に基づく保証債権は旧国税徴収法第三条に規定する国税債権に該当せず、したがつて、抵当権の被担保債権は右保証債権の納期限より一年前に当該抵当権を設定したことを公正証書によつて証明することを要せず右保証債権に優先しうるものと解すべきである。よつて、この点に関する被告の前記主張は失当である。
四、そこで、次に、原告主張のような根抵当権ないし抵当権とその被担保債権の存否について検討する。
(一) 本件第一根抵当権とその被担保債権について
(1) 東光商事と吉田屋布団店の間において昭和三〇年七月二一日本件建物につき本件第一根抵当権が設定され、同月二二日その設定登記がなされ、翌二三日東光商事から吉田屋布団店に対し遅延損害金日歩三〇銭の約定で金三五万円が貸し付けられたこと、右貸金はその後一部弁済され昭和三一年三月三一日現在東光商事は元本残額金三二四、四五二円四五銭、利息残額金八五、〇四七円五五銭、遅延損害金一四七、一五二円合計五五六、六五二円の債権を有していたこと、原告は右同日東光商事から右債権合計金五五六、六五二円を本件第一根抵当権とともに譲り受け、同年八月二九日右根抵当権の移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。
(2) 原告は、原告が東光商事から本件第一根抵当権を譲り受ける以前から吉田屋布団店に対して有していた約束手形金債権金六、三五九、四二六円もまた元本極度額五〇万円とこれに対する年三割六分の割合による最後の二年分の遅延損害金三六万円の範囲内で本件第一根抵当権に基づき優先弁済権を有すると主張するので考えてみる。
成立に争いのない甲第四号証(根抵当権設定約定書)によると、本件第一根抵当権は元本極度額金五〇万円の範囲内で吉田屋布団店が東光商事に対して負担する現在および将来の一切の債務を担保する趣旨で設定せられたものであることが認められる。ところで、包括根抵当権設定契約が有効であるか否かについては周知のとおり議論の存するところであるが、当裁判所はこれを有効と解する。包括根抵当権を無効とする見解は、包括根抵当権の被担保債権が特定していないということをとらえて、これを有効とした場合には第三者に不測の損害を与え、あるいは債務者に苛酷な結果を招来するおそれがあるというのである。しかし、抵当権における被担保債権の特定性ということは、主として後順立抵当権者、第三取得者、一般債権者等の第三者に不測の損害を与えることを避けるために要求されるのであるから、かかる不測の損害を与えるおそれがない場合には、この被担保債権の特定性を相当程度に緩和することも理論的に不可能ではなく、現に通常の根抵当権においてはその被担保債権は根抵当権の基礎にある基本的契約関係から発生した債権でありかつ極度額の範囲内であれば足りるとして、個々の債権自体の特定性を要求せず、被担保債権の特定性を相当に緩和しているのである。そこで、包括根抵当権を有効とした場合それによつて第三者が不測の損害を受けるおそれがあるかどうかであるが、包括根抵当権においても最少限度被担保債権の限度額すなわち極度額が定められこれは登記されることになるのであるから、第三者が不測の損害をこうむるということは考えられない。また包括根抵当権を有効とした場合根抵当権設定者に苛酷な結果が生ずるのではないかという点については、なるほど、与信者側は不当に高額の極度額を定め必要以上に担保価値を支配し根抵当権設定者による当該抵当物件の有効な利用の途をとざしたり、不法行為や不当利得により発生した債権まで被担保債権とし、あるいは根抵当権設定者の資力が悪化したような場合第三者の無担保の債権が債権譲渡等の手段で根抵当権者に集中され被担保債権化する等の弊害が生ずるおそれなしとしないではないが根抵当権者が必要以上に担保価値を支配し根抵当権設定者による抵当物件の有効な利用を妨げるおそれがあるという点については当事者特に根抵当権設定者の側がそれに甘んじている以上、それが根抵当権設定者の無知、窮迫等に乗じて不当になされたものである等特段の事情の認められないかぎり、法の干渉を要するほどの弊害とは考えられず、また、不法行為や不当利得により発生した偶発的債権とか根抵当権者が第三者から譲渡を受けた債権が被担保債権となるという点についても、当事者が右のような債権をも被担保債権とすることに合意している以上、根抵当権設定者にとつてとりわけ苛酷であるということもいえないから、当事者の自治に委ねれば足りる問題であり、包括根抵当権を否定しなければならないほどの弊害ではない。そして、他にこの包括根抵当制度を否定しなければならないほどの弊害も考えられない。したがつて、包括根抵当権は有効であると解すべきである。
しかし、包括根抵当権は有効であるからといつて、常に一切の債権がこれによつて担保されるわけではなく、その被担保債権の範囲は当該包括根抵当権の設定契約において定められるのである。これは極めて当然のことであろう。けだし、根抵当権者と根抵当権設定者の間に存する債権といつても多種多様であり、例えば根抵当権の基礎たる基本的契約関係から発生した債権、それ以外の契約関係から発生した債権、不法行為や不当利得などに基づく偶発的債権、さらには根抵当権者が第三者から譲渡を受けた債権あるいは根抵当権譲受人が根抵当権設定者に対して従前から有する債権等があり、当事者は当事者自治の原則によりみずからの意思表示で被担保債権の範囲を右のような債権のうちの一部に限定する自由を有するからである。したがつて、包括根抵当権の被担保債権の範囲の確定は終局的には根抵当権設定契約における当事者の意思解釈の問題に帰着するわけである。
そこで、本件第一根抵当権が原告の主張するように原告が右根抵当権を譲り受ける以前から吉田屋布団店に対して有する約束手形金債権金六、三五九、四二六円(右債権の存在については後述する。)をも担保するものであるかどうかであるが、右根抵当権の設定約定書(甲第四号証)はその第七条において「抵当物件は前三条による債務の外名称形式の如何を問わず貴会社に対し負担すべき従来及今後発生する一切の債務に共通担保たることを承諾いたします。」と規定するだけで他に被担保債権の範囲を限定する趣旨の規定を置かず、また右根抵当権の設定に当つて当事者間にその被担保債権を一定の範囲に限定する合意がなされたことを認めるに足りる証拠もないから、本件第一根抵当権は右設定約定書の文言どおり一切の債務を担保するもの、したがつて右根抵当権の譲受人である原告が従前から根抵当権設定者である吉田屋布団店に対して有する前記約束手形金債権金六、三五九、四二六円もこれによつて担保されるものと解すべきである。しかして、原告が昭和三〇年一二月一九日当時吉田屋布団店に対し右約束手形金債権金六、三五九、四二六円を有していたことは成立に争いのない甲第一八号証(和解調書正本)によつて明らかである。
(3) 以上のとおりであるから、原告は本件第一根抵当権によつて原告が東光商事から譲り受けた前記元本債権残額金三二四、四五二円四五銭およびこれに対する年三割六分の割合(吉田屋布団店は前記のとおり東光商事から遅延損害金日歩三〇銭の約定で金三五万円を借り受けているが、本件第一根抵当権の設定登記には遅延損害金の約定利率につき年三割六分と記載されているにすぎないから、右根抵当権によつて優先弁済を受けうる遅延損害金は年三割六分の範囲に限られる。)による最後の二年分の遅延損害金二三三、六〇五円七六銭につき優先弁済を受けうるほか、原告が従前から吉田屋布団店に対して有する前記約束手形金債権金六、三五九、四二六円のうち金一七五、五四七円五五銭およびこれに対する手形法所定の法定利率年六分の割合(原告は右約束手形金債権の遅延損害金の利率につき特約のあつたことを主張しないから、手形法所定の法定利率によることになる。)による最後の二年分の遅延損害金二一、〇六五円七〇銭についても優先弁済を受ける権利を有するところ、原告はすでに本件配当処分によつて金三七七、四〇四円の交付を受けている。(このことは当事者間に争いがない。)のであるから、結局右優先弁済を受くべき合計金七五四、六七一円(銭以下切捨て。)から右交付を受けた金三七七、四〇四円を差し引いた金三七七、二六七円についてのみなお優先弁済を受ける権利を有するのである。
(二) 本件第二根抵当権とその被担保債権について
原告は、本件第二根抵当権は山田が吉田屋布団店に対して貸し付けた合計金九四万円と五十嵐が吉田屋布団店に対して貸し付けた合計金二二四万円の債権を担保するものであると主張し、被告らは右被担保債権の存在を否認するので、この点について判断する。
成立に争いのない甲第三号証、第九号証の一、二、乙第五号証の三、証人山田薫の証言によつて真正に成立したものと認める乙第四号証の一、右の証言および右乙号証によつて真正に成立したものと認める乙第四号証の二、三、証人吉田直司の証言によつて真正に成立したものと認める乙第六号証ならびに証人丸山喜義、同山田薫、同吉田直司の各証言(いずれも後記信用しない部分を除く。)を総合すると、山田は昭和二六年六月ころから貸金業を営んできたが、昭和二九年七月ころ事業に失敗したので、同人の債権者たちが山田の賃金の回収、運用および債務の整理に当たることになり、山田会再建整理委員会なるものを組織し、五十嵐が理事長、丸山が理事となつたこと、右当時山田は吉田商店に対し約二〇万円前後の貸金債権を有していたが、山田会再建整理委員会は、吉田商店からの要望もあつて回収した山田の債権の運用として吉田商店に対して貸付けを行なうこととし、同年末ころ吉田商店の代表取締役吉田兼太郎らの不動産に対し極度額金一五〇万円の根抵当権を設定したうえ、昭和三〇年九月ころまで貸付けを継続してきたこと、ところが山田会再建整理委員会の吉田商店に対する貸金債権額は昭和三〇年九月ころまでに元金約一五〇万円、利息約三〇〇万円に達し、その元利合計は右根抵当権の極度額金一五〇万円をはるかに超過するに至つたので、山田会再建整理委員会としては吉田商店からさらに追加担保を要求しようと考えていたところ、丁度そのころ吉田兼太郎の息子で吉田商店の取締役でもある吉田直司が代表取締役をしている吉田屋布団店が本件建物を新築しその営業資金の融資を求めてきたので、ともかく本件建物を担保として押えておこうとの意図で、同月二九日吉田屋布団店に対し新たな融資を行なうという約定で本件建物に元本極度額を金三〇〇万円とする本件第二根抵当権の設定を受けたこと、しかし山田会再建整理委員会は吉田商店に対する資金の回収ができない等のため貸付資金に事欠き、結局右約定に反し吉田屋布団店に対しては全然貸付けをしないで終つたこと、なお山田会再建整理委員会が吉田商店および吉田屋布団店から根抵当権の設定を受け、あるいは吉田商店に対し貸付けを行なうに当つては、貸金業の届出をしている山田の名義を用いたこと、したがつて、本件第二根抵当権の根抵当権者は設定契約書(甲第九号証の一)においても登記簿(甲第三号証、乙第五号証の三)上においてもその名義は山田になつているが真実の権利者は山田会再建整理委員会であり、それゆえにこそ右根抵当権の設定登記後間もない同年一〇月二日右根抵当権は名義上の権利者山田から真実の権利者である山田会再建整理委員会の代表者(理事長)五十嵐に譲渡されたものとして同月四日右根抵当権の移転登記がなされたこと、そして五十嵐に対し右根抵当権の移転登記がなされて後も山田、山田会再建整理委員会あるいは五十嵐からは原告主張のような貸付けが吉田屋布団店に対して行なわれた事実がないこと、そのため吉田屋布団店は本件第二根抵当権の設定登記の抹消を求めるため昭和三一年二月一六日登記権利者である五十嵐を被告として新潟地方裁判所に対し債務不存在確認、本件第二根抵当権設定登記の抹消登記手続を請求する訴えを提起したのであるが山田会再建整理委員会の理事長である五十嵐あるいは理事の丸山から訴えを取り下げないと吉田商店に対する抵当権を実行するとか、あるいは五十嵐らが前記約定のとおり吉田屋布団店に対して融資するなどと言われて、右訴えを取り下げるに至つたこと、しかしそれにもかかわらず吉田屋布団店はその後も山田会再建整理委員会あるいは五十嵐から融資を受けるに至らなかつたことが認められ、前掲各証拠のうち右認定に反する乙第四号証の一、二、乙第六号証の各記載部分および証人丸山喜義、同山田薫、同吉田直司の各証言部分はにわかに信用しがたい。なお、甲第一〇号証ないし第一四号証(乙第五号証の四ないし八はその写し。)には吉田屋布団店が原告主張のように昭和三〇年九月二四日金五二万円、同月三〇日金四二万円、同年一〇月一〇日金六三万円、同月一八日金六三万円、同月三〇日金九八万円を借用したことを裏付けるかのような記載があるが、証人丸山喜義、同山田薫、同吉田直司の各証言(いずれも前記信用しない部分を除く。)によると、右各書面はいずれも当初山田および山田会再建整理委員会が吉田商店に対して貸し付けた貸金の利息を元金に振り替える(準消費貸借)ために作成されたもので、その借主欄には吉田商店の名称が記入され、その代表者として吉田兼太郎の署名捺印がしてあつた(ただし、甲第一四号証(乙第五号証の八)にはなぜか当初から吉田屋布団店が借主として記載され、吉田直司が代表取締役として署名捺印していた。しかしそれはともかく、右書面作成の動機は右に述べたとおりであり、また吉田屋布団店が山田、山田会再建整理委員会あるいは五十嵐から貸付けを受けたことのないことも前記認定のとおりである。)のであるが、吉田兼太郎の死後原告が同人の遺産に対し強制執行をしてきたので、山田会再建整理委員会としてはこれに対抗して本件第二根抵当権の実行を申し立てることとし、その被担保債権の存在を証する書面とするため、丸山が右各書面(ただし、甲第一四号証(乙第五号証の八)は除く。)に押捺してあつた捨印(訂正印)を利用して借主名を吉田商店から吉田屋布団店に、またその代表者名を吉田兼太郎から吉田直司に改ざんし作成されるに至つたものであることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠もないから、結局右甲第一〇号証ないし第一四号証(乙第五号証の四ないし八)は本件第二根抵当権の被担保債権の存在を証する証拠としては採用できない。原告は、五十嵐が山田から譲り受けた本件第二根抵当権に基づき吉田屋布団店を相手方として新潟地方裁判所に対し抵当権の実行を申し立て(同裁判所昭和三二年(ケ)第二〇号)、吉田屋布団店から異議申立てを受けることもなく配当金三九九、二一七円の交付を受けたことをもつて右根抵当権の被担保債権が原告主張のとおり存する証左であると主張するが、抵当権実行手続において抵当権設定者(債務者)が配当表に対して異議を申し立てなかつたからといつて被担保債権の存在が実体的に確定されるわけではないし、特に本件においては、証人吉田直司の証言(前記信用しない部分を除く。)によると、吉田屋布団店が五十嵐に対する配当に異議を申し立てなかつたのは、吉田屋布団店と吉田商店とは別表四記載のとおり役員、株主のほとんどを共通にし(この事実は当事者間に争いがない。)、いずれも吉田直司の一族によつて経営される会社であつて、同人らにとつてはいずれの会社という観念は稀薄であるとみられるところ吉田商店は前記認定のとおり山田および山田会再建整理委員会に対し多額の借金を有していて、吉田屋布団店の代表取締役であり、かつ吉田商店の取締役でもある吉田直司としては右債務が吉田商店のものであれあるいは吉田屋布団店のものであれいずれにしても返済しなければならないものであつたので、あえて異議申立てに及ぶ必要も認めなかつたことによるものであることがうかがえるから、原告の右主張は採用できない。原告は、また、吉田屋布団店が一たん五十嵐を被告として債務不存在確認、抵当権設定登記抹消登記手続請求の訴えを提起しながらその後右訴えを取り下げたことをもつて吉田屋布団店は本件第二根抵当権の被担保債権の存在を承認したものであり、したがつて右被担保債権の存在は明らかであると主張するが、吉田屋布団店が右訴えを取り下げたいきさつは前記認定のとおりであるから、原告の右主張はこれまた理由のないことが明らかである。そして、他に原告主張のような被担保債権の存在を認めるに足りる証拠はない。
以上のとおり、本件第二根抵当権はその被担保債権を欠くものであるから、その存在することを前提とする原告の主張は失当である。
(三) 本件第三根抵当権および昭和三一年二月八日設定登記の抵当権とその各被担保債権について
協和信用が昭和三〇年一〇月一日吉田屋布団店から本件第三根抵当権の設定を受け、同月三日その設定登記を了し、これに基づき吉田屋布団店に対し遅延損害金年三割の約定で金二〇〇万円を貸し付けたこと、および、協和信用が同年一二月三一日吉田屋布団店に対し金一八〇万円を遅延損害金日歩八銭二厘と定めて貸し付け、その担保として本件建物に抵当権の設定を受け、昭和三一年二月八日その設定登記を了したことは当事者間に争いがない。
そして、弁論の全趣旨により成立を認める甲第一九号証の一および成立に争いのない甲第一九号証の二によると、原告が昭和三九年一月一八日協和信用から本件第三根抵当権とその被担保債権(元本金二〇〇万円、遅延損害金三、一三一、五一七円)および前記昭和三一年二月八日設定登記にかかる抵当権とその被担保債権(元本金一八〇万円、遅延損害金二、一三四、二九六円)の譲渡を受けたこと、協和信用は昭和三九年四月二七日付内容証明郵便をもつて吉田屋布団店に対し右債権譲渡の通知をし、右通知はそのころ吉田屋布団店に到着したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右事実によれば、本件配当処分および本件審査決定の行なわれた当時においては協和信用が、また昭和三九年一月一八日以後においては原告が、それぞれ本件第三根抵当権に基づく元本極度額金二〇〇万円とこれに対する年三割の割合による最後の二年分の遅延損害金および昭和三一年二月八日設定登記にかかる抵当権に基づく元本金一八〇万円とこれに対する日歩八銭二厘の割合による最後の二年分の遅延損害金の優先弁済権を有することになる。
(四) 以上によつて、原告が本件第一根抵当権に基づき金三七七、二六七円(ただし、本件配当処分前は金七五四、六七一円)の、本件第三根抵当権に基づき元本金二〇〇万円とこれに対する年三割の割合による最後の二年分の遅延損害金の、昭和三一年二月八日設定登記にかかる抵当権に基づき元本金一八〇万円とこれに対する日歩八銭二厘の割合による最後の二年分の遅延損害金の各被担保債権を有することは明らかである(なお、後二者については、本件配当処分当時の債権者は協和信用である。)そこで、原告が右のような被担保債権に基づき本件審査決定の取消しおよび金一、一六一、〇三二円の不当利得返還を求めうるか否かについて、次に判断することとする。
五、本件審査決定の適否
(一) 抵当権の被担保債権が納税保証に基づく保証債権に対して優先弁済権を有することは第三項において検討したとおりである。したがつて、実体法的にみるならば、前項でその存在を確認された本件第一、第三根抵当権および昭和三一年二月八日設定登記にかかる抵当権の各被担保債権はいずれも本件納税保証にかかる吉田商店の滞納国税金一、一六一、〇三二円に優先して弁済を受ける効力を有するのである。しかるに前述のように新潟税務署長は本件建物の公売代金を別表一記載のとおり配当したから、右配当処分は前記各被担保債権の優先弁済権を侵害しこれに劣後する本件納税保証にかかる吉田商店の滞納国税に対し金一、一六一、〇三二円を配当した限度において違法たるを免れない。
(二) ところで、行政事件訴訟特例法第五条によれば、他の法律に特別の定めのある場合を除き、行政庁の違法な処分の取消しまたは変更を求める訴えは処分のあつたことを知つた日から六か月以内でなければ提起することができず、しかも処分のあつたことを知らなかつた場合でも正当な事由により期間内に訴えを提起することができなかつたことを疎明しないかぎり処分の日から一年を経過したときは右の訴えを提起することができない(ただし、処分につき訴願の裁決を経た場合には右の期間は訴願の裁決があつたことを知つた日または訴願の裁決の日から起算する。)ものと規定されている。そして、旧国税徴収法第三一条の四は、再調査の請求または審査の請求の対象となる処分の取消しまたは変更を求める訴えは原則として審査の決定を経た後でなければ提起することができず、しかも再調査の請求もしくは審査の請求の対象となる処分または審査の決定の取消しまたは変更を求める訴えは行政事件訴訟特例法第五条第一項または第四項の規定にかかわらず審査の決定の通知を受けた日から三か月以内に提起しなければならないとし、さらに同法第三一条の二および三は滞納処分が再調査の請求および審査の請求の対象になるものと規定する。したがつて、これによれば、税務署長の配当処分に対し不服のある者は、原則として再調査の請求および審査の請求をし審査の決定を得たうえで、その決定の通知を受けた日から三か月または審査の決定の通知を受けなかつたときは正当な事由により期間を遵守できなかつたことを疎明しないかぎり審査の決定のあつた日から一年以内に取消しの訴えを提起しなければならないのである。そして、右の出訴期間を徒過した場合には、たとえ配当処分に違法のかしがあつても、右のかしを理由に当該配当処分の取消しを訴求することは許されなくなるのである。
そこで、本件配当処分につきこれを案ずるに、右配当処分当時本件第一根抵当権を有していた原告が法定の再調査の請求および審査の請求の手続を経て法定の出訴期間内に本件審査決定に対し本件取消しの訴えを提起したことは本件記録に徴し明らかであるが、右配当処分当時本件第二根抵当権および昭和三一年二月八日設定登記にかかる抵当権を有していた協和信用が本件配当処分に対し法定の訴願手続を経て法定の出訴期間内に取消しの訴えを提起したことについては原告の何ら主張立証せず、かつ他にこれを認めるに足りる証拠もないところであり、しかも右期間の不遵守が正当な事由によるものであることについても何らの疎明がない。そうとすれば本件配当処分は(一)で述べたとおり本件第三根抵当権および昭和三一年二月八日設定登記にかかる抵当権の各被担保債権の優先弁済権を侵害した点においても違法ではあるが、協和信用が法定の訴願手続を経て法定の出訴期間内に取消しの訴えを提起しなかつたことにより、右のかしはもはや取消事由として主張し得ないものとなつたのである。そして、協和信用が右のかしを取消事由として主張し得なくなつた以上、たとえ原告がその後右各被担保債権を譲り受けたからといつて、原告が右のかしを取消事由として主張しうるようになるものでないことはいうまでもないところである。
(三) 以上のとおりであるから、結局原告が本件配当処分したがつてこれを認容した本件審査決定の取消事由として主張しうるところは、本件配当処分が本件第一根抵当権の被担保債権金七五四、六七一円(元本金五〇万円、遅延損害金二五四、六七一円)に対し金三七七、四〇四円を配当したのみで残額金三七七、二六七円については配当することなく、右相当額をこれに劣後する本件納税保証にかかる吉田商店の滞納国税に充当してしまつた点の違法のみである。したがつて、本件審査決定は、本件配当処分が本来原告に配当すべきであつた右金三七七、二六七円を誤つて本件納税保証にかかる吉田商店の滞納国税分として被告国に配当してしまつたこと、換言すれば被告国に対し右吉田商店の滞納国税分として配当した金一、一六一、〇三二円のうち金七八三、七六五円を越える部分(金三七七、二六七円)を正当として認容した限度において取消しを免れない。よつて、原告の被告関東信越国税局長に対する本件審査決定取消請求は右の限度で理由があるものとしてこれを認容し、その余の部分は失当として棄却することとする。
六、不当利得の成否
(一) 原告は、被告国が本件配当処分によつて吉田商店の滞納国税のため金一、一六一、〇三二円の配当を得たことは不当利得であるとして右金額の返還を請求する。しかし、右金一、一六一、〇三二円の配当は新潟税務署長の配当処分という行政処分によつて行なわれたのである。そして、一般に行政処分は重大かつ明白なかしがあり法律上当然に無効であるかあるいは権限のある機関によつて取り消されないかぎり何人からもその効力を否定されず有効なものとして取り扱うべきことを要求する効力(公定力)を有するところ、本件配当処分にこれを無効とするような重大かつ明白なかしの存することについては原告の何ら主張立証しないところであり、他にこれを認めるに足りる証拠もない。もつとも、先に述べたように本件配当処分には本件第一、第三根抵当権および昭和三一年二月八日設定登記にかかる抵当権の各被担保債権の優先弁済権を侵害しこれよりも劣後する本件納税保証にかかる吉田商店の滞納国税に金一、一六一、〇三二円を配当した点のかしが存するが、右のかしは納税保証による国の保証債権と保証人に対する抵当権の被担保債権の優劣という困難な法律問題の解釈から生じたものであつて、新潟税務署長がその解釈を誤つて右のように配当したことは、いまだこれを明白なかしということができない。そうとすれば、本件配当処分が取り消されないかぎり、被告国の不当利得は成立しないことになる。そして、この点については、前項で検討したように本件配当処分は、被告国に対し本件納税保証にかかる吉田商店の滞納国税分として金一、一六一、〇三二円を配当した部分のうち本件第一根抵当権の被担保債権を侵害してなされた金三七七、二六七円の限度において取消しを免れないが、その余の部分についてはもはや取り消し得ないものとして確定しているのである。されば、被告国は右金一、一六一、〇三二円のうち本件配当処分が取消しを免れない右金三七七、二六七円の限度において法律上の原因なくして利得したことになり、しかもそのため原告は同額の損失をこうむつているから、被告国は原告に対し右金三七七、二六七円を返還する義務がある。
(二) なお、原告は不当利得金に対し被告国が右金一、一六一、〇三二円の配当を受けた日の翌日である昭和三四年六月一九日以降の利息を附加して支払うことを求めているので、この点について考えてみる。民法の不当利得に関する規定は、受益者の善意悪意によつて返還すべき利益の範囲を区別し、利息については悪意の受益者に対してのみ受益の日から相当の利息を附加すべきものとしている。しかし、本件のように国税徴収手続という権力的な公法的手続の過程から生じた不当利得に対し、対等な私人間の公平をはかることを本来の趣旨とする民法の不当利得に関する規定を直ちに適用することは適当でない。むしろ、公法の分野、特に国税徴収法関係の分野のなかに存する不当利得ないしそれに類似する制度に関する規定を類推適用ないし準用することにまず努めるべきである。そして、かかる観点から旧国税徴収法の規定をみてみると、同法第三一条の六が過誤納にかかる国税等の還付加算金は当該国税等の納付のあつた日の翌日から加算するものと規定しており、右の規定の趣旨は国税通則法第五八条に受け継がれていることが認められる。この過誤納にかかる国税等の還付に関する制度は国税の徴収手続の過程において生じた不当利得の納税義務者に対する返還の制度であるが、国税の徴収手続の過程において生じた不当利得の納税義務者に対する返還(還付)と公売物件の抵当権者に対する返還とを異別に取り扱うことを相当とするような合理的な理由は見いだし得ないから、右過誤納にかかる国税等の還付に関する規定の精神は、本件のように違法な配当処分の結果生じた不当利得の抵当権者に対する返還の場合にも類推さるべきものと考える。よつて、被告国は原告に対し前記受益金を返還する場合には受益の日の翌日から年五分の割合(利率についても民法の法定利息に関する規定(第四〇四条)によるべきか前記過誤納にかかる国税等の還付に関する規定によるべきか問題の存するところであるが、原告はより低率な年五分の割合による利息の支払いを求めるにとどまるので、この点については判断しない。)による利息を附加すべき義務がある。
(三) 右のとおりであるから、原告の不当利得返還請求は、被告国に対し金三七七、二六七円とこれに対する本件配当処分実施の日(被告国が受益の日)の翌日である昭和三四年六月一九日から右支払いずみに至るまで年五分の割合による利息の支払いを求める限度で理由があるものとして認容し、その余の部分は理由がないものとして棄却することとする。
七、訴訟費用
よつて、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高林克巳 矢口洪一 石井健吾)
(別紙)
物件目録
新潟市末広通一丁目三三番地、三四番地、三五番地
家屋番号同町四二番三
一、木造瓦葺平家建作業所 一棟
建坪 九八坪
別表一
配当表
種目
金額(円)
備考
国税充当
一、三〇七、五四一
(内訳)
吉田商店分 一、一六一、〇三二円
吉田屋布団店分 一四六、五〇九円
新潟税務事務所
三四四、四二五
新潟市役所
五七、六三〇
中野四郎
三七七、四〇四
計
二、〇八七、〇〇〇
別表二
更正さるべき配当表
種目
金額(円)
備考
国税充当
一四六、五〇九
吉田屋布団店株式会社分
新潟税務事務所
三四四、四二五
新潟市役所
五七、六三〇
抵当権者
既配当 三七七、四〇四円
中野四郎
一、五三八、四三六
請求額 一、一六一、〇三二円
計
二、〇八七、〇〇〇